Taketiyo釣りブログ

堤防からの釣りの話や釣れた魚の美味しい食べ方などをご紹介をします。

釣りの魅力と醍醐味とは?魚釣りに罪と罰はあるのか?親鸞聖人に聞いてみた!

たけちよ釣りブログへようこそ。

私達人間は自然界から沢山の命をいただきながら日々生きながらえている生き物です。

序盤から重たい入りどうもすみません。

どう思いますか?

毎日、お米と納豆だけでやってく自信ありますか?

魚が可哀想…。

釣り人は残酷だ。

釣りは悪魔の趣味…。

ネットで見かけた魚釣りをする人への罵声の数々です。

 

子供のころから慣れ親しんだ魚釣り。

私自身"悪いこと"とはまったく考えもせず、この趣味にどっぷりと浸かってしまい今日に至ります。

さて今回は、釣りの魅力と醍醐味についてご紹介させていただくと共に、「魚釣りに罪と罰はあるのか?魚釣りは悪いことなのか?」についても、掘り下げて詳しく考えてみたいと思います。

今回は、浄土真宗の開祖「親鸞聖人」から大変貴重なご意見(教え)を聞かせていただいたので記事の最後にご紹介します。

 

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釣りの魅力と醍醐味とは

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シーバス

釣りの魅力とはやはり魚が針にかかった瞬間です。

釣り番組などで耳にする。あの言葉。

「食った!」「かかった!」

魚が仕掛けに食いついた瞬間、ロッドから伝わる"あの魚のアタリの感触"は何度味わってもワクワクする最高の瞬間です。

大きく合わせを入れて、魚の重みが釣り竿にズシリと乗れば竿先が海面にグィーンとこの字に曲がり、そこから始まる"魚とのやり取り"がこれまたドキドキ感がたまりません。

心臓はバクバク、足はプルプル、そんな時心の中で一つの強い願いが生まれます。

「頼むからバレないでくれ。(逃げるなよ)」

魚釣りでは、魚が針にかかっても「バラし」と言う、"魚が暴れて逃げてしまうハプニング"がよく起こります。

魚の必死な抵抗を何とかやり過ごし、魚の魚影がぼんやりと見えてきたときの"ギラギラっと輝くあの美しい魚の姿"を目にすると現実を忘れてただその一瞬に全ての心を奪われます。

そして、さらに緊張感は高まります。

海面まで上げられた魚は最後の力を振り絞って、頭を左右に大きく振りながら口にかかった針を必死に外そうと猛抵抗します。

タモ網を静かに構え、ジワジワっと手繰り寄せながら慎重に魚との距離を詰めていき、"タモ網に魚の尾ビレまで無事入った瞬間"先程までの張り詰めた緊張感が一気に大きな喜びへと変わります。

頭の中を毛の逆立つような快感が走り、釣り上げた魚をじっくりと眺めながら"鳴り止まない達成感に酔いしれることができる。"これが、魚釣りの魅力です。

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魚釣りの醍醐味とは

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アコウ刺身(キジハタ)

魚釣りとは日常から離れ自分と自然とが向き合って、"弱肉強食の世界"にほんの少しだけ足を踏み入れることができる、ある種の"サバイバルに近い感覚"を味わうことができるところに魚釣りの一番の醍醐味があるのではないでしょうか。

魚屋さんで買う魚ではなく。

自身の力で自然の中にいる魚を獲る(狩る)ことで、"狩猟本能が刺激される"ため普段の生活では味わうことのできない快感とも呼べる、あの感覚が釣りが"病みつきになる原因"と言われています。

釣りたての新鮮な魚の味は絶品です。これだけでも十分釣りの醍醐味と言えるでしょうね。

 

料理が好きになる

釣りの魅力に魅せられた多くの人は、料理に興味すら無かった人が大半を占めますが釣りをするようになってから、突然料理の知識を身につける努力を始めたとの声が目立ちます。

一番の動機は「自身が釣り上げた魚を自身で調理して食べたい。」

料理をやっていくうちに「料理が好きなった。」って人は珍しくないようです。

 

生活リズムが改善される

魚釣りは日の出の時間帯が一番良く釣れることで知られています。その為、釣りにハマった人は早寝早起きの習慣が自然と身に付きます。

晩酌での深酒も控えるようになり、生活リズムはかなり改善されるようですね。

 

週末(祝祭日)の天気に詳しくなる

サラリーマンなら誰でも週末の休日、祝祭日などの天気は気になりますよね。

釣りをする人の大半の方が風や波の少ない穏やかな晴れた日を好む傾向があり、スマホの天気アプリの風や波、降水確率のチェックは怠りません。

釣り好きは天気に詳しい人が多いです。

 

知人友人が増える

釣りの話になるとイキイキする人がいます。会社でも普段は物静かな人でも、釣りの魅力や醍醐味を共有できる人がいるとわかると突然意気投合。

「それ分かるわ〜。」など、のまるで子供のように会話が弾みます。

釣りの話を他人から聞かれた日には、それはもう聞いてない情報まで長々と話してくれますし、周囲の人から「面白い人だな。」と自然と知人友人が増えていくという訳です。

 

人生が楽しくなる

中国の古いことわざで有名なものがあります。

  • 1時間幸せになりたいのなら酒を飲みなさい。
  • 3日間幸せになりたいのなら結婚しなさい。
  • 8日間幸せになりたいのなら豚を食べなさい。
  • 一生幸せになりたいのなら釣りを覚えなさい。

「上手いこと言うなぁ」と思います。

釣りは非常に奥が深く、上達すればするほど新しい疑問や新しい発見など"飽きさせない要素"が満載です。

私も釣りをする以前の生活をたまに思い出しますが、私のいい加減な性格のせいなのか反省するような日々しか思い出せません…

釣りにハマり覚えると人生は楽しくなりますよ。

 

釣りが趣味の人100人に聞きました!釣りのメリットとデメリット! - Taketiyo釣りブログ

魚釣りとは殺生(罪と罰はあるのか)親鸞聖人に聞いてみた

魚釣りには殺生がつきものです。

釣れた魚を持ち帰り調理して食べる。

私自身この行為(殺生)を長い年月繰り返していて、「私は地獄行き決定だな。」こんな風に考えてはため息をついていました。

親鸞聖人の教えを聞くまでは…

 

親鸞聖人曰く

親鸞聖人曰く、人は皆あらゆる生き物の命を奪って生きているとおっしゃっています。

殺生についての仏教の基本的な考えかたは"生命同根"という教えで、全ての命は同じであるというものがあります。(六道輪廻転生)

魚も人間も命は等しく同じである。

殺生せずしては生きられないのが人間である。

  • 自殺(じさつ)魚釣りをして魚の命を奪う。
  • 他殺(たさつ)魚屋さんで魚を買う。
  • 随喜同業(ずいきどうごう)魚を食べて喜ぶ。

自身が直接手を下す、魚釣りは"自殺の罪"にあたります。

魚屋さんで魚を買って食べると"他殺の罪"にあたります。

魚を食べて喜ぶ。(美味しいと感じる)この場合は"随喜同業の罪"にあたります。

ほぼ全員アウトですよね…

このことを見抜かれた親鸞聖人は、そんな悪人(私たけちよも含む)こそ阿弥陀仏によって"必ず救われる約束"をされているとおっしゃっています。

なるほど、魚釣りでの殺生は罪ではあるがその罪は阿弥陀仏によって救われる約束がなされているということですね。

ようするに、「魚釣りの殺生に罰はないよ。」ということです。

有り難い。この教えを聞いて私は心が救われました。

 

おわりに

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アコウ(キジハタ)

私は自分で釣った魚を食べるのが大好きです。

今まで何処か後ろめたさを感じることがありましたが、今回"親鸞聖人の教え"を少し聞いて胸の支えがスッととれた気がします。

釣りの魅力と醍醐味に魅了された方は是非、親鸞聖人の教えに触れることをおすすめしますよ。

釣りは趣味の王様です - Taketiyo釣りブログ

最後になりましたが、幾ら阿弥陀仏に救われるからといっても"魚を食べる為に釣りをする"ことが大切でして、決して必要以上に(食べないのに)魚を釣りまくるような殺生は絶対にやめましょう。

釣れた魚を食べない人。釣るだけの人もいらっしゃると思いますが、この場合は魚をできるだけ傷つけないように"素早くリリースする"などの配慮を心がけてくださいね。

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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